田辺の城下町の西側を流れるのが高野川です
上流の高野地区にまだ住む人が少なく田畑も少なかったころのことです。
村人は荒れ野を少しづづ耕して田畑にし、苦労して採れた作物を、田辺の城下町へ持って行きお金にして生活をしていました。
田畑が少ない頃は水に困ることはありませんでしたが、徐々に田畑も増え人が多く住むようになってくると、川の水が不足することがたびたび起きるようになりました。
そんなある年のことです。梅雨の雨がほとんど降らず、夏になると日照りが続き、村人は田畑の作物に水をやることができなくなり、このままでは作物が枯れてしまうのではないかと心配になりました。
高野川の水もすっかり減ってしまい村人の生活に使う水にも困るので、水の取り合いとなり、村人の仲が悪くなってきました。
村人①「川上のもんが水をせき止めて、川下のわしらが水に困るんじゃ。」
村人②「せき止めるも何も流れていない水をどうして止めるられるんだ。」
雨が降るのは天まかせで誰もがみんな困っていました。
村長「まあ、まあ、無いもんは無いでしょうがない、雨がいつ降るのか誰にもわからんからのう。」
男「村長さんよ、前に、山奥に池があると聞いたことがある、そこから水が引けないだろうか。」
村長「そんなあてのないことよりも、村の仲間割れを止めるのが先だ、あとにしてくれ。」
この男は田畑を持っていないので、いつもは人の畑を手伝って、その代わりに作物を分けてもらって、細々と暮らしておりましたが、今年は手伝うこともできず、作物もなにももらえなくて大変困っていました。
その男は以前出合った猟師から、山の奥の方に池があることを聞いていたので、そこの水を村に引けないかと思いましたが、村長が相手にしてくれないので、一人で池のありかを探しに行くことにしました。
そこは日浦ケ谷(ひうらがたに)の先で、村人で行った者もなく魔物が住んでいそうなうっそうとした森の奥の方でした。
道もないので木が生い茂り、つるが行く手をはばむので、カマで切り開きながら進み、獣か魔物が出てきそうなおっかない所で、ふいに山鳥がバタバタと飛び立ちびっくりさせられます。
男「おっと、びっくりさせるなよ、池はどこだ、水はどこだ…。」
男は唱えるように言いながら、一心に進んで行きました。
坂を上がったり下がったりして、少し平になったところで、男が目の前の草を払ったとき、澄んだ水が目に飛び込んできました。
うっそうとした森の木々や草に囲まれて大きな池が隠れるようにあったのです。
池は青々と澄んだ水を並々と湛えており、男は飛び上がって喜びました。
男「ここには沢山の水がある。こんな神聖な場所にはきっと神さまがおられるにちがいない。
神さま、どうかお願いです、村に雨を降らせて下さい。村人を救ってください。」
男はここまで来た苦労を忘れるように、一心にお祈りをしました。
そして持ってきた皮の袋に水を汲むと急いで村に帰って行きました。
村に帰り着いた男は村長に水を見せました。
男「村長さんよう、山の上では水がある、雨も降ってるのだろう、神様に祈って村に雨を降らせてもろおう。」
村長「お前は水を持って帰ったのか!本当に池があるのだな。
ならば、村の方でも雨が降ってくれるよう神様にお祈りしようではないか。」
「お~い、村の人たちよ、雨乞いの準備をしておくれ。」
こうしてその夜は、村人は大松明(おおたいまつ)を灯もし、村の者大勢で神様に雨乞いをしました。
すると不思議なことに西の空の星が見えなくなったかと思うと、風が雨の匂いを運んできました。
やがて、ぽつりぽつりと雨が降ってきました。
村人たちは手を取り合って喜びました。
村人①「ああ、雨だ、雨が降って来たぞ!」
男「やった、必死に池へ行ってお祈りした甲斐があった。」
男はみんなに喜んでもらえて苦労が報われるようでした。
村人たちは手にしていた松明を大松明に投げ入れると、手を広げて雨を受け止めました。
大松明は増々激しく燃え上がり雨も増々激しく降りました。
高野川の水は再び流れるようになり、作物もこの雨を受けて息を吹き返し、すくすくと育ち川の水のおかげで今年も作物がたくさん実りました。
村人は池のあるところを「池が谷」と呼び神聖な場所とし、男が持ち帰った水を村に社を作り安置して、天引神社と名付けて大切に守られています。
そして今でも雨の社として毎年例祭を続けています。
作 2023.4.1 おつぎ