昔し、大浦半島の南にある、大波下(おおばしも)に野山(のやま)と呼ばれる小さな小高い山がありました。 その付近は広い谷間で、緑深い場所でした。 その付近の集落の人々はたびたびこの谷に来て、かまどで使う薪を集めて背負って帰って行きました。 その道の途中に岩鼻(いわはな)と呼ばれる岩の集まっている場所があり、その中に腰を降ろすのに丁度よい岩が二つほどありました。 村人はここまでくると誰もが一休みします。 今日は、母と娘が、たくさんの薪を拾っての帰りです。 開けた谷は薪が拾いやすいので、女子供でもここへ来てたくさん拾います。 娘「お母さん、もう岩鼻に着いたので、またここに座ってひと休みしようね。」 母「そうね、岩に腰掛けて汗を拭いてひと休みしましょうね。」 二人はひと休みして、心地よい風に汗が引き、元気を取り戻してから、また歩き出して家路につきました。 別の日は、お婆さんが一人で薪拾いにやって来ました。 その日もたくさんの薪を集めることができ、その帰り道のことでした。 お婆さんは急に胸が苦しくなりました。 婆「おうおう、胸が締め付けられるように苦しい、誰か助けてくれる者はおらんかのう。」 誰もおらんのか。しかたない、なんとか岩鼻のたどりつけば誰かが通りがかるかも知れんわい。」 お婆さんはそう言うと、やっとのことで岩鼻にたどり着き体を横にしてひと休みしました。 でも、なかなか胸の痛みは引かなく、通りがかる者もありません。 どうしたものかと困っていました。 その岩鼻の上にどこからともなく、美しい姿をした羽衣姫が現れ、踊り始めたのです。 踊りは華やかなもので、元気を誘うような気持のよいものでした。 姫「らららん、らららん。らららん、らららん。」 お婆さんはその舞の美さにうっとりしているうちに、苦しみはしだいに忘れていました。 日が傾き始め、ようやくなにか涼しく感じられてきて、ふと気が付くと胸が全く痛まなくなっていることに気が付きました。 婆「おや、胸の痛みが全くなくなったわい、これもお姫さまのおかげ、礼を言わなくては。おや、どこへ行ったのかのう。」 羽衣姫の姿はどこを探してもありませんでした。 婆「お姫さま、ありがとう。」 お婆さんはそう言うと、無事にわが家に帰り着くことができました。 姫「ほほほほほほ・・・。」 どこからか、やさしい笑い声が聞こえたようでした。
(作:おつぎ)