東舞鶴の浮島は、今は周囲を埋め立てられ小高い岡のようになって松や椎の木がおおい茂つて、頂上には嶋満神社(しまみつるじんじゃ)がまつられていますが、明治の初めごろまでは海の中に浮かぶ島でした。 この社は、元寇(げんこう)のときに天皇が勅使(ちょくし)をここに遣わされて戦勝を祈願されたという由緒ある神社です。 その昔ここから浜辺を見ると白砂にさざ波が打ち寄せて素晴らしい眺めでした。細川幽斎(ほそかわゆうさい)もこの浜を詠って白糸と詠みました。現在の八島通りのあたりではまばらに漁師の家がぽつんぽつんと建っていたそうです。 そんな美しい浜でのお話です。 この辺りに母と子のふたり暮らしの猟師がありました。 息子が魚を獲って生業としていました。 浜から浮島までは浅瀬のところもあり、息子は浅瀬伝いに浮島に行っては魚を釣っていました。ある日のこと、いつものように島に釣りに行くことにしました。 息子「母さん、今日も浮島で魚を釣って来るよ。たくさん釣って来るからね。」 母親「そうかい、気を付けて行くんだよ、楽しみに待っているからね。」 ところがその日はいくらたっても一匹も魚が釣れません。 息子「今日はどうも魚が釣れないなあ~。まいったな~。」 息子は退屈して草むらに寝転がっていました。 春のポカポカ陽気の日で、いつのまにか息子は眠ってしまいました。 どれほどの時間が経ったのでしょう、潮が満ちてきたのか息子の足に海水がかかりビックリして飛び起きました。 息子「おっと、つい寝込んでしまった、どれだけ寝込んでいたのかな?」 我に返って周囲を見回すと、なんともいえないい香りが風にのってやってきました。 息子「おや、何かとてもいい香りがして来るぞ、どこからだろう。」 何気なく松の木を見上げると、ひらひらの白いものがみえます。 夢を見ているのかと目をこすりましたが白い布が松の枝の間に見えます。 今まで見たことのないようなやわらかそうな布です。 息子「やあ、何とも美しい布だ、絹のようだ。かぐわしい香はこの布からするのだろうか?夢でも見ているようだ。」 息子は立ちあがってその布のほうに近づきました。するといい香りが強くなりました。 気が付くと岩の上に髪の長い女が座って足を水につけてぱちゃぱちゃと叩いています。この辺りではみたことのない美しい女です。 息子「誰だろう、美しい娘だ。」 息子はそばに近寄りました。女は息子に気付くとびっくりしたようにこちらを見ています。白い布は近くの松の木にかけてありました。 手を伸ばすとそれに答えるかのように、柔らかい布は枝からするすると落ちて来たので息子は両手で抱えました。 軽くて香しいじゃこうのような香りがします。 息子「何とかぐわしい香だ、とても美しい布だ、持って帰って家の宝にしようか。」 すると、女が小走りにやってきて、何かそれを返してくれというようなしぐさをしました。 息子はかえすのは惜しいと思いましたがその布はするりと息子の手からすり抜けて、ふわりと浮いて女の手のほうに行ってしまいました。 息子「あ!待って、待ってくれ。」 女はそれを身にまとうと岩陰に隠れてしまいました。 女と入れ違いに魚がぴしゃんと海から飛び上がりました。 息子「おや、魚がはねたぞ、ここで釣ればたくさん釣れそうだ。」 息子は釣竿をつかんでそちらのほうに糸を垂らすとすぐ魚がかかりました。それからは釣れるは釣れるは。次から次へと魚があがりました。息子は女のことなどすっかり忘れて魚を釣りました。 岩陰から白い煙が上がったかと思うと、中から白いものが空めがけてかけあがり、煙はいつの間にかすーっと消えてしまいました。 それからそのあたりで魚がよく釣れるようになったということです。 そののちいつしか布がかけられていた松を「羽衣の松」と人々はいうようになりました。
2024.8. おつぎ